
蔦哲一朗監督の『黒の牛』(2024年)は、映画というメディアの原初に還ろうとする執念の産物である。8年の歳月をかけて完成したこの114分の映像詩は、禅に伝わる「十牛図」に着想を得ながら、デジタル全盛の現代において「フィルムでしか映画を撮らない」と明言する監督の映画哲学を極限まで推し進めた作品だ。そして何より、ツァイ・ミンリャン監督作品のアイコンとして知られる台湾の名優リー・カンションの、言葉を発することのない圧倒的な身体性が、この映画を特異な境地へと導いている。
70mmフィルムという賭け クリストファー・ノーランへの手紙
本作の最も注目すべき点は、長編劇映画としては日本初となる70mmフィルムを一部使用したことである。蔦監督はこの決断について、クリストファー・ノーランに手紙で相談したという逸話を明かしている。デジタルシネマが主流となった現代において、70mmフィルムでの撮影は技術的にも経済的にも極めて困難だ。だが、監督が求めたのは、デジタルでは決して得られない「深い黒の階調」と「圧倒的な映像の奥行き」だった。
本作は35mmモノクロスタンダード撮影と70mmフィルムを組み合わせ、さらにスタンダード(白黒)とシネスコ(カラー)という2つの画面サイズを使い分けている。この複雑な構成は、単なる技術的挑戦ではなく、物語の核心に関わる選択である。白黒のスタンダードサイズで描かれるのは、狩猟民の男(リー・カンション)が黒い牛と出会い、農耕生活を営む日常である。一方、シネスコのカラー映像は、遠景に爆発が映り込むなど、近代化の暴力を象徴する。
この二重性は、「十牛図」が示す悟りの道程そのものだ。真の自分を求めて旅をする。牛を見つけ、牛を捕らえ、牛を飼いならし、牛と一体化し、そして最終的には牛も自己も忘れ去る。その先にあるのは「還相」、つまり元の世界へと還ることである。蔦監督が白黒とカラー、スタンダードとシネスコを行き来させるのは、この「還る」という禅の本質を映像言語として実現するためだった。

リー・カンションという「無」の体現者
リー・カンションは、ツァイ・ミンリャン監督の『愛情萬歳』『河』『ふたつの時、ふたりの時間』などで、常に孤独で不器用な人物を演じてきた。言葉少なく、動きは緩慢で、しかしその存在には名状しがたい重みがある。蔦監督がリー・カンションを起用したのは、まさにこの「ミステリアスな雰囲気」と「身体性」を求めたからだという。
本作でリー・カンションが演じるのは、役名すらない「私」という存在である。監督は「そもそも人間ではないのかもと感じてもらえる」ことを意図したと語っており、実際、リー・カンションの佇まいは人間を超えた何かを感じさせる。住む山を失い、放浪の旅を続ける狩猟民。山中で神々しい黒い牛と出会い、抵抗する牛を力ずくで連れ帰る。人里離れた民家で、老婆との出会いを経て農耕生活を始める。藁を打ち、飯を食らい、老いた女の汚れた身体を拭き取る。
セリフはほとんどない。ただ行動するだけ。水田を耕す反復。一本の木を見つめる静止。濁りのない白い闇。突然の激しい雨。リー・カンションは「無私なる存在」として画面に存在し続ける。望遠レンズではなく、クローズ・アップで「悲痛の微細な長写し表情演技など他では観がたい」という声があるが、それは演技というよりも、リー・カンションという存在そのものが持つ力だ。
興味深いのは、撮影中にリー・カンションが共演した牛に蹴られたというエピソードである。彼は「彼女は人見知りなんです」と笑ったという。この逸話は、本作が単なるフィクションではなく、俳優と牛が実際に時間を共有し、関係を築いていく過程そのものを記録した作品であることを示している。

田中泯と坂本龍一 禅を語る者たちの不在と存在
田中泯が演じる禅僧は、物語の後半に登場する。予告編は「私は、何者でもありたい」という田中のセリフから始まる。だが、レビューには「田中泯に言葉で説明させすぎた」という批判もある。確かに、禅の思想を言葉で語らせることは、ある種の矛盾である。禅は「不立文字」、つまり文字や言葉によらず、体験を通じて悟りを伝えるものだからだ。
しかし、この矛盾もまた意図的なものかもしれない。田中泯は『国宝』で歌舞伎役者・小野川万菊役を演じ、異形の美を宿した。そして本作では、文化功労者に選ばれた後の出演作として、禅僧という「無を生きる者」を演じている。田中の身体は、舞踏家としての長年の修練によって、すでに言葉を超えた領域に達している。彼が言葉を発するのは、むしろその言葉の無力さを示すためではないか。
音楽には、生前本作への参加を表明していた坂本龍一の楽曲「20210310」(アルバム『12』収録)が使用されている。坂本は2023年3月に逝去したため、本作は彼の遺作の一つとなった。予告編では、坂本の楽曲に雨や雷、虫の声、牛の咀嚼音といった自然音が重なり、森羅万象の息づかいが立ち上がる。田中泯は「坂本龍一の追悼の意も込めて観に来てほしい」と語っている。坂本の音楽は、映画の中で「不在の存在」として機能している。

タルコフスキーと黒澤明 日本映画の系譜における位置
批評家たちは、本作をアンドレイ・タルコフスキーの『ノスタルジア』(1983年)や『サクリファイス』(1986年)と比較している。確かに、長回しの時間の重み、自然が醸し出す名状しがたい想いを精緻な配置で切り取ろうとする姿勢は、タルコフスキーを彷彿とさせる。
だが、本作はタルコフスキーの模倣ではない。むしろ日本映画の系譜に深く根ざしている。美術を担当した部谷京子は、黒澤明の『夢』(1990年)と『八月の狂詩曲』(1991年)で美術を手がけた人物である。彼女が創り出す独創的な世界感は、日本の農村風景でありながら、時代と場所を超越した普遍性を持つ。
『黒の牛』は、日本映画が長年追求してきた「自然との一体化」というテーマの極北である。黒澤の『デルス・ウザーラ』や小津安二郎の『麦秋』、あるいは今村昌平の『楢山節考』といった作品群が描いてきた、人間と自然の関係性。その系譜に連なりながら、蔦監督は禅という精神性を加えることで、新たな境地を開いた。

結論 映画の未来は「還る」ことにある
『黒の牛』は商業的成功を目指した作品ではない。独立系映画を取り巻く環境が厳しさを増す中、完全オリジナル作品として8年をかけて完成させたこと自体が奇跡である。第49回香港国際映画祭で日本映画初の火鳥賞(グランプリ)を受賞したことは、この映画の芸術的価値を証明している。
今作を観て、「ストーリーの面白さはない」という声もあるかと思う。確かに、本作は物語を見る映画ではない。「画面の映像美や、囲炉裏の火や土を踏みこむ音などの自然音を楽しむ映画」であり、「表層のドラマよりも、人と牛と土地の時間そのものを撮ろうとする姿勢が徹底していて、物語が起こるのではなく滲み出る作品」なのだ。
蔦哲一朗監督は30代の10年間、ほぼすべての時間をこの作品を創り上げるために費やした。その執念が生み出したのは、デジタル全盛の時代において、映画の原初へと「還る」という逆説的な未来である。フィルムの粒子が刻む時間。リー・カンションの身体が放つ「無」の気配。坂本龍一の音楽が奏でる不在の存在。これらすべてが、映画というメディアが本来持っていた力を思い出させてくれる。


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