【第3062回】誰が羊で、誰が殺し手なのか?:チャールズ・バーネット『キラー・オブ・シープ』作品評

旧作評


日常の詩学が照らし出すアメリカの不可視性 『キラー・オブ・シープ』が30年の沈黙を経て語るもの

チャールズ・バーネットの『キラー・オブ・シープ』(1978)は、UCLA映画学科の修士論文として1977年に提出され、1978年にホイットニー美術館でプレミア上映された後、30年間ほぼ誰にも見られることなく眠り続けた。音楽の使用権が取得されていなかったためだ。2007年、スティーヴン・ソダーバーグらの支援により15万ドルで音楽権がクリアされ、UCLAによって16mmから35mmへレストアされた本作は、ようやく一般公開された。そして世界は、失われた30年の間に埋もれていた傑作の存在を知ることになる。

予算1万ドル、週末撮影で生まれた国宝

本作は1972年から73年にかけて、バーネットが予算1万ドル以下で、週末を利用して撮影した。舞台はロサンゼルスのワッツ地区。1965年の暴動で知られるこの地区の、しかし暴動ではない日常が、ここには記録されている。主人公スタン(ヘンリー・ゲイル・サンダース)は食肉処理場で働く労働者だ。羊を殺す仕事に従事する彼は、感情を麻痺させなければその仕事を続けられない。そして麻痺した感情は、家庭にも持ち込まれる。美しい妻(ケイシー・ムーア)がいても、子供たちがいても、彼は何も感じられない。不眠症に悩まされ、日々を生きることに疲弊している。

物語なき物語、ヴィネットの連鎖

本作には従来的な意味での「プロット」が存在しない。批評家ダナ・スティーヴンスが指摘するように、「短いヴィネットの集積であり、時に非物語的な映画を見ているように感じる」。屋根から屋根へ飛び移る子供たち、犬の仮面をかぶった少女、中古のエンジンを買いに行く男たち、そのエンジンがトラックから落ちて壊れる瞬間、スタンと妻がシャツレスで踊るスローダンスのシーン。これらの断片は、因果関係で繋がれているのではなく、ある種のリズムと質感によって結びついている。それはまさに「日常」そのものの構造だ。

イタリア・ネオレアリズモとの系譜

バーネット自身が認めるように、本作はUCLAで学んだイタリア・ネオレアリズモ、特にヴィットリオ・デ・シーカやロベルト・ロッセリーニの影響下にある。非職業俳優、ロケーション撮影、白黒16mm、そして何より「普通の人々の日常」への眼差し。しかしバーネットが撮ったのは、戦後イタリアではなく、1970年代アメリカの黒人コミュニティだった。そしてその選択こそが、本作を単なる様式的模倣ではなく、アメリカ映画史における空白を埋める行為へと昇華させた。

黒人の日常を「初めて」スクリーンに

1970年代のハリウッド映画において、黒人はブラックスプロイテーション映画のステレオタイプか、あるいは完全に不在かのどちらかだった。バーネットは、誰も撮っていなかったものを撮った。貧困の中で生きる人々の、しかし犯罪でもドラッグでも暴力でもない、ただの日常を。子供たちが遊び、大人たちが働き、些細な会話が交わされ、夢が潰え、それでも生きていく姿を。クライテリオン・コレクションの解説にあるように、本作は「黒人アメリカ人の生活を、かつてないほどの痛切な親密さでスクリーンに持ち込んだ」のだ。

LA Rebellionムーブメントの金字塔

バーネットは、1960年代後半から70年代にかけてUCLAで学んだ黒人映画作家たちの集団「LA Rebellion」の中心的存在だった。ハイレ・ゲリマ、ジュリー・ダッシュ、ビリー・ウッドベリーらと共に、彼らはハリウッドの商業主義に抗い、自分たちのコミュニティの物語を、自分たちの美学で語ろうとした。『キラー・オブ・シープ』は、その運動の頂点であり、30年間の不可視性を経て、今では運動の「タッチストーン(試金石)」として認識されている。

音楽という第二の物語

バーネットは本作を「アフリカ系アメリカ人音楽の歴史」にもしようと意図し、ブルース、ジャズ、ゴスペルなど様々な時代・ジャンルの音楽を使用した。ポール・ロブソンの「ジョー・ヒル」、アース・ウィンド&ファイアーの楽曲など、音楽は映像と対位法的に機能し、時に皮肉に、時に優しく、登場人物たちの内面を照らし出す。スタンリー・キューブリックとの比較がなされるのは、この「音楽と映像のジュクスタポジション(並置)」の鋭さゆえだ。

遅すぎた公開、しかし色あせない普遍性

2007年、30年遅れで劇場公開された本作は、200以上の都市で上映され、批評家たちの年間ベストテンに名を連ねた。Rotten Tomatoesで97%、Sight & Soundの「史上最高の映画」ランキング43位、BBCの「史上最高のアメリカ映画」26位。1990年には米国議会図書館によって「国宝」と宣言され、ナショナル・フィルム・レジストリの最初の50本に選ばれた。なぜこれほどまでに評価されるのか。それは、本作が単なる時代の記録ではなく、「生きることの本質」を捉えているからだ。

誰が羊で、誰が殺し手なのか

タイトル「キラー・オブ・シープ」は、文字通りにはスタンの職業を指す。しかし映画を見終わった後、問いが浮かぶ。本当の羊は誰なのか。本当の殺し手は誰なのか。スタンは羊を殺すが、スタン自身も、貧困という構造によって、日々殺され続けている。感情を、夢を、人間性を。そして最も残酷なのは、彼がそれでも「誠実さを保ち続ける」ことだ。犯罪に手を染めず、家族を養い、失敗し続けながらも、試み続ける。

子供たちの視線、大人たちの疲弊

バーネットのカメラは、子供たちと大人たちを等しく愛情を持って捉える。屋根から屋根へ飛び移る子供たちのローアングルショットは、彼らの無邪気さと危険性を同時に描写する。一方、スタンと妻のスローダンスのシーンは、二人の肌の質感、光の当たり方、身体の重さを通して、言葉にならない親密さと疲労を伝える。これらのイメージは、説明されることなく、ただそこに在る。それこそが詩なのだ。

小津、カサヴェテス、アルトマンとの共鳴

批評家たちは、バーネットを小津安二郎(構図の力)、ジョン・カサヴェテス(アマチュア俳優からの自然な演技の引き出し方)、ロバート・アルトマン(人間の些細な交流への関心)と比較する。これらの比較は的確だ。しかし同時に、バーネットは誰の模倣でもない。彼は自分自身の声を持っている。それは、ミシシッピ生まれの黒人映画作家が、1970年代のワッツで、1万ドルのカメラと週末の時間で紡ぎ出した、かけがえのない声だ。

結論 沈黙を破った傑作の遺産

『キラー・オブ・シープ』は、30年間沈黙していた。音楽権という技術的な問題によって。しかしその沈黙は、ある意味で象徴的だった。この映画が描く人々もまた、アメリカ社会において長らく「不可視」だったからだ。2007年の公開は、単なる映画の発掘ではなく、歴史の修正だった。バーネットが1972年に撮影したものは、2007年になってようやく「見られる」ようになった。そしてそれは今も、見られ続けるべきものだ。なぜなら、ここに映っているのは過去ではなく、いつの時代にも存在する「生きることの重さと美しさ」だからだ。

渋谷シアター・イメージ・フォーラムにて鑑賞

コメント

タイトルとURLをコピーしました